周囲を木津川、尻無川、大阪湾に囲まれた大阪市大正区。
左は1909(明治42)年*1)、中央は1963(昭和38)年*2)、そして右は現在の区の様子ですが、それぞれはっきりわかるほどに地形が異なります。
中でも内陸部にひと際多くの水面が見られる中央の地図で、木津川から尻無川にかけて陸を横断しているのが、今回お話する「大正運河」です。
当地の地主であった千島土地株式会社は運河開削の前期・後期工事を通じて主導的な役割を果たしましたが、地形を変えてしまうようなこれらの大工事は一体どのような経緯で、何のために実施されたのでしょうか。
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大正区における運河開削がいつ頃から計画されていたのかは明確には分かっていませんが、1920(大正9)年の「運河予測図説明書」*3)には、「元来本水路ノ掘鑿は既に十数年以前ヨリ計画セラレ」との一文が見られ、明治末より何らかの計画があったのかも知れません。
また、1914(大正3)年に大阪市に提出された市電用地寄付に関する「請書」*4)に「千島運河」の名称で運河の開削を前提とした条件が盛り込まれているのが見られる他、同年の資料「新設計運河収支計算書」*5)からも、この時期にはかなり具体的な運河開削計画があったことが窺えます。
しかしながら、その計画が具体的な実現に向けて動き始めたのは、大正区への木材業者の移転が決まってからのことでした。
そもそも江戸時代、水運の便の良い長堀川周辺には多数の木材業者が集積していました。
摂津名所図会「長堀材木浜」より
明治期、大阪市の都市計画によってこれら木材業者の市中心部から移転計画が持ち上がります。その移転先となったのが、周囲を水に囲まれた大正区でした。*6)
1919(大正8)年、千島土地株式会社は、所有する大正区千島町の土地64,396坪について大阪木材市場株式会社と賃貸借契約を締結。大正区の所有土地について、かねてより堀や運河を開削し、その浚渫土で盛土をして宅地造成を行うことが得策であると考えていた千島土地は、この契約の際、契約土地に対し水路開削、貯木場開設、橋梁架設、地上盛土、道路新設などの諸工事の実施を約定しました。
この約定を受けて1919(大正8)年7月10日に水路掘削工事(前期)が起工。
市電路線から千島大橋までを大阪木材市場㈱が、千島大橋から木津川までを千島土地が開削しました。
前期工事は数度の工期延長の後、1920(大正9)年11月30日に竣工しますが、それに先立つ同年8月、これらの水路を延長し、尻無川まで到達させる後期工事計画が千島土地の臨時株主総会において満場一致で可決されます。
この後期工事は水路が通る小林町の土地を所有する岩田土地株式会社と共に実施されますが、延長とはいえ、前期工事の2倍以上の長さを掘削するという壮大なものでした。
しかしながら、当時の大地主たちの間には、大正区を横断して木津川、尻無川を結ぶ水路の完成は、「航通」の利便性を飛躍的に向上させ、ひいては地域の開発、活性化に繋がっていくとの考えがあったのでしょう。
後期工事は2年弱の工期を経て1923(大正12)年6月1日に竣工し、ここに「大正運河」が完成しました。
「大正運河」は当初から名称が決まっていた訳ではなく、当社所蔵資料中にその名称が登場するのは1920(大正9)年になってから、つまり後期工事計画が具体的に進み始めてからのこと。それまでは「掘割水路」や「木津川、尻無川間運河」などと記されていました。また、当時の資料を見ていると、「大正運河」は当初、延長部分のみを指していたように受け取れる記述も見られます。
完成した運河は一般の船も無料で利用することができました。*7)こうした運河とそれに伴う貯木場の完成で、大正から昭和初期の大正区は日本有数の木材街として繁栄し、それが大正区発展の大きな礎となったと言います。
*1)千島土地株式会社所蔵資料 W02-002 より
*2)「わたしたちのまち大正区」、大阪市大正区役所、2007 より
*3)千島土地株式会社所蔵資料 T01-001-004
*4)「摂北岩田家のあゆみ 史料編」、竹下喜久男・井出努編、岩田土地株式会社、1999(非売品)
*5)千島土地株式会社所蔵資料T01-004-001
*6)「大正区」が発足したのは1932(昭和7)年であることから、当時この地は正確には「西区」でした。
*7)1921(大正10)年8月5日の工事着工後に千島土地、岩田土地間で交わされた契約には運河(幅25間)の中央部15間は、無償で一般通船の用に供する旨が記されています。
■参考資料
「岩田土地株式会社誌」、岩田信平、岩田土地株式会社、1989(非売品)
「摂北岩田家のあゆみ 本文編・史料編」、竹下喜久男・井出努編、岩田土地株式会社、1999(非売品)
「大正区30年のあゆみ」、大正区制30周年記念事業委員会、1963
「千島土地株式会社五十年小史」、千島土地株式会社、1962(非売品)
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