( blog )

芝川又之助と『紫水遺稿』 ~その生涯と昆虫採集~

昭和11(1936)年に芝川得々(二代目又右衛門)により発行された『紫水遺稿』は、大正5(1916)年に27歳の若さで早逝した二代目又右衛門の三男・芝川又之助の日記や、又之助が熱中した昆虫採集に関わる原稿、昆虫標本目録などを収めた3冊から成る本です。

この『紫水遺稿』を中心に、又之助の生涯を追ってみましょう。

又之助は明治21(1888)年に誕生しました。大阪伏見町の芝川本邸を中心に須磨の別荘や甲東園にもよく出かけ、長兄・又三郎の狩猟のお伴をしたり、山歩きをしたりと豊かな自然の中で育ちます。


▲子供時代の又之助(二列目左:千島土地株式会社所蔵資料P12_028)

又之助が昆虫採集に夢中になったのは北野中学校在学の頃。そのきっかけとなったのは1904(明治37)年の兄・又三郎の戦死でした。


▲北野中学在学時の又之助(千島土地株式会社所蔵資料P46_034)

又之助について次兄の又四郎が後年、生来頭が良くて大変敏感な性格だったと述懐していますが、尊敬する兄の突然の死は繊細な又之助に大きな衝撃を与えました。兄を喪った悲しみから気持を逸らそうと又之助は昆虫採集に取り組みます。

日本における昆虫学の先駆者・桑名伊之吉の著書『昆虫学研究法』との出会いなどがその熱意に拍車をかけ、又之助はどんどん昆虫採集の魅力に引き込まれていきました。

大学への進学にあたり又之助は農学部への進学を希望しますが、芝川家の男子として許されず、山口高等商業学校(現・山口大学)に進みます。卒業後は京都帝国大学法科大学選科で学び、こちらは体調の関係で中退を余儀なくされますが、実業界に入って後も昆虫採集に対する情熱は衰えることはありませんでした。

1915(大正4)年には結婚し、神戸住吉の反高林に自らが設計したものを建築家・武田五一にまとめてもらったという家を建てます。*)


▲1930年代後半頃の反高林の芝川邸
 写真の女性は義母の粕淵とき(千島土地株式会社所蔵資料P18_316)

1916(大正5)年には女児も誕生しますが、その数日後、又之助は腸チフスで27歳の若さで亡くなりました。

又之助が亡くなる前年の1915(大正4)年2月、又之助は野平安藝雄、江崎悌三、鈴木元治郎ら京阪の有志とともに昆虫学専門誌『昆虫学雑誌』を発行し、次いで発起人の一人として大日本昆虫学会の創立に携わります。当時関西では比較的昆虫採集に対する関心が高かったものの、昆虫学の専門誌や学会はまだなかったようで、又之助は会の委員を務め、記事を寄稿したりもしていました。


▲『昆虫学雑誌』第壹巻第壹号(大阪市立自然史博物館所蔵)

又之助の死後、又之助が発行に尽力したこの『昆虫学雑誌』には又之助への弔詞とともに写真と絶筆原稿が掲載されました。

 
▲『昆虫学雑誌』第二巻第二号(大阪市立自然史博物館所蔵)
 又之助への弔詞(左)と写真、絶筆原稿(右)

また又之助が採集した昆虫標本は甲東園芝川家別荘に保管され、又之助の北野中学の後輩で昆虫採集の仲間でもあった戸澤信義に管理が委嘱されます。1933(昭和8)年には戸澤の編纂により『紫水遺稿』(別巻)に「芝川家所蔵昆虫標本目録」としてまとめられましたが、標本は後に宝塚昆虫館*2)に移され、更に1979(昭和54)年には大阪市立自然史博物館に移管されました。

標本は宝塚昆虫館閉館後の保管状態が良くなかったことなどから、残念ながら現在、又之助が採集した昆虫標本の特定は難しいそうですが、又之助に献名された「シバカワツリアブ」、「シバカワコガシラアブ」、「シバカワトゲシリアゲ」の昆虫名は今も生き続けています。

*)この家の竣工時期は不明だが、又之助の遺児・弥生子によると、棟上げの時、既に又之助は亡くなっていたという。

*2)当時阪急の社員であった戸澤信義が社長・小林一三の「宝塚に新しい集客施設を」との命を受けて創設を提案。1939(昭和14)年に開館し、戸澤は館長を務めた。

■参考資料
芝川又四郎、『小さな歩み ―芝川又四郎回顧談―』、1969(非売品)
芝川得々、『紫水遺稿』(乾・坤)、昭和11(非売品)
戸澤信義編纂、『紫水遺稿』(別巻)、芝川得々、昭和11(非売品)
江崎悌三、『江崎悌三著作集 第二巻』、昭和59
初宿成彦、「「宝塚昆虫館報」について」、『館報池田文庫 第26号』、平成17
初宿成彦、「芝川又之助」、『第34回特別展 なにわのナチュラリスト』、大阪市立自然史博物館、2005
長谷川仁、「明治以降 物故昆虫学関係者経歴資料集」、『昆虫』Vol.35,No.3、1967
野平安藝雄編纂、『昆虫学雑誌』第一巻第一号、大正4
野平安藝雄編纂、『昆虫学雑誌』第一巻第二号、大正4
野平安藝雄編纂、『昆虫学雑誌』第二巻第二号、大正5

※掲載している文章、画像の無断転載を禁止いたします。文章や画像の使用を希望される場合は、必ず弊社までご連絡下さい。また、記事を引用される場合は、出典を明記(リンク等)していただきます様、お願い申し上げます。